「AIに相続のことを聞けば大丈夫」——その判断、待ってください
最近、「AI相続診断」「相続税シミュレーター」「遺言作成AIサポート」といったサービスが次々と登場しています。スマートフォンやパソコンから手軽に使え、費用もかからない。「まずAIに聞いてみよう」という方も増えています。
しかし、医療・法律・金融など、誤った回答が重大な結果につながり得る分野では、AIの情報をそのまま信頼することには注意が必要です。
相続はこの3分野が複雑に絡み合う領域です。AIの回答を鵜呑みにして手続きを進めると、不要な修正申告や手続きのやり直し、相続人間のトラブルにつながるおそれがあります。
この記事では、AI相続診断ツールの仕組みと限界、「ハルシネーション」と呼ばれるAIの誤情報リスク、そして専門家への相談を強く検討すべき場面について、わかりやすく解説します。

この記事でわかること
✅ AI相続診断ツール・税額シミュレーターの仕組みと精度の実態
✅ 「ハルシネーション」とは何か、なぜ相続で特に危険なのか
✅ 法律・医療・金融でAIが誤りやすい理由と実際の事例
✅ Gemini Notebook(旧NotebookLM)で回答の根拠を確認しやすい理由
✅ 弁護士・税理士などへの相談を強く検討すべき場面
AI相続診断ツールとは何か
種類と仕組み
現在、ネット上で使えるAI相続関連ツールは大きく3種類に分かれます。
① 相続税額シミュレーター 財産総額・相続人の人数・配偶者の有無などを入力すると、相続税の概算額を自動計算するツールです。税理士法人や金融機関が提供しているものが多く、「どれくらい税金がかかるか」の目安を知るのに使われます。
② AI相続診断チャット チャット形式でAIが質問に答えるタイプです。「相続放棄はどうすればいい?」「遺産分割協議書の書き方は?」といった疑問に、自然な文章で回答してくれます。ChatGPT・Gemini・Claudeなど汎用AIもこのカテゴリに入ります。
③ 遺言・エンディングノート作成AIサポート 遺言書の文面や、エンディングノートの記載事項をAIが補助するサービスです。
「全体像の把握」には役立つ
これらのツールは、「相続手続きの全体像を把握する」「大まかな税額の目安を知る」 という目的では有効です。専門家に相談する前の予備知識として活用することは、むしろ推奨されます。
問題は、AIの回答をそのまま最終判断として使ってしまうことです。
AIが法律・医療・金融で誤りやすい理由:「ハルシネーション」とは

ハルシネーションとは何か
AIが事実ではない情報を、まるで正確な事実であるかのように自信満々に生成してしまう現象を「ハルシネーション(幻覚)」といいます。
ハルシネーションの怖いところは、出力された内容が一見もっともらしく、正確に見えることです。存在しない法律条文、架空の判例、誤った税率——こうした誤情報が、完璧な文体で出力されます。専門知識を持たない人ほど、誤りに気づきにくいという深刻な問題があります。
実際にあった海外の事例
2023年、アメリカ・ニューヨークで起きた『Mata v. Avianca(マタ対アビアンカ航空)』事件が大きな話題となりました。弁護士がChatGPTを使って訴訟書類を作成した際、AIが実在しない判例を複数(『Varghese v. China Southern Airlines』など)引用してしまいました。弁護士はそれを確認せずに裁判所に提出し、担当判事から5,000ドルの制裁金を科されることに。
AIが自信を持って出力した判例は実際には存在しないものでした。AIは、わからない内容についても、もっともらしい誤情報を生成する場合があります。これがハルシネーションの怖さです。
なぜ法律・医療・金融では特に危険なのか
法務・医療・金融などの専門領域では、AIのハルシネーションが重大な判断ミスにつながる可能性があります。
法律分野(相続含む) 存在しない法律条文や判例をもとに契約判断や遺産分割を進めてしまうリスクがあります。相続法は2019年の民法改正、2024年の相続登記義務化など、近年急速に改正が続いています。AIの学習データが古い場合、改正前のルールを自信を持って回答する可能性があります。
医療分野 誤った医療情報を参考にした場合、健康被害や誤った判断につながるリスクがあります。認知症の症状や進行についての誤情報が、相続・成年後見の判断を誤らせる可能性もあります。
金融・税務分野 金融商品のリスクを過小評価したり、相続税の特例の適用条件を誤って説明したりするケースが考えられます。相続税における「配偶者の税額軽減」「小規模宅地等の特例」などは条件が複雑で、AIが誤って適用可能と回答するリスクがあります。
相続シミュレーターの「精度の限界」

入力できる情報には限界がある
相続税の計算は、実際には非常に複雑です。不動産の評価(路線価・固定資産税評価額・倍率方式)、非上場株式の評価、生命保険の非課税枠の計算、生前贈与の加算——無料の簡易シミュレーターでは、これらすべてを個別事情まで含めて正確に反映することは困難です。
多くのシミュレーターは「財産総額」「相続人の人数」程度の入力項目しかなく、個別の財産構成や適用される特例によっては、実際の税額と大きく乖離することがあります。
最新の法改正に追いついていない場合がある
2024年1月以後の暦年課税による贈与については、相続財産への加算対象期間が従来の3年から段階的に7年へ延長されます。ただし、すべての相続で直ちに7年分が加算されるわけではなく、相続開始日によって対象期間が異なります。たとえば、2026年12月31日までに開始した相続では、原則として相続開始前3年以内が対象です。
国税当局では、保有するデータをAIで分析し、申告漏れのリスクをスコア化して、税務調査の対象選定に活用する取り組みも進められています。ただし、AIが自動的に申告漏れを認定するわけではなく、分析結果や申告書などを踏まえて、職員が調査の要否を最終的に判断します。
AIを「賢く使う」方法:Gemini Notebookの活用

汎用AIとGemini Notebookの違い
「AIはハルシネーションを起こすから信頼できない」——それは正しい認識ですが、AIの使い方次第でリスクを大きく抑えることができます。
その一例が、GoogleのGemini Notebook(旧NotebookLM)です。
汎用AIは、インターネット上の膨大なデータを学習した知識を元に回答を生成します。そのため、学習データに含まれる誤情報やデータカットオフ(学習の締め切り日)以降の情報について、ハルシネーションが起きやすくなります。
これに対してGemini Notebookは、ノートブックに登録されたPDF・ウェブページ・Googleドキュメントなどの資料を参照し、それらを根拠として回答を生成するAIツールです。回答には参照箇所が示されるため、一般的な生成AIよりも根拠を確認しやすい点が特徴です。
Gemini Notebookで回答の根拠を確認しやすい理由
Gemini Notebookの特徴は、主に以下の点にあります。
- 登録したソースを中心に回答する:回答の根拠となった資料や該当箇所を確認しやすい
- 複数の資料を横断して整理できる:長い資料や複数文書の共通点・相違点をまとめられる
- 回答を検証しやすい:引用元へ移動して、原文とAIの説明が一致しているか確認できる
ただし、Gemini Notebookであっても誤読や不正確な要約が生じる可能性はあり、引用元の原文確認は欠かせません。
相続での活用方法
例えば、国税庁の「相続税の申告の手引き」「相続税法基本通達」などの公式PDFをGemini Notebookにアップロードし、「この資料に基づいて、配偶者の税額軽減の条件を教えてください」と質問する方法です。
この使い方では、登録した公式資料を根拠とする回答を得やすく、回答の根拠が資料のどこに書かれているかも確認できます。
ただし、Gemini Notebookも万能ではありません。アップロードした資料が古ければ古い情報をもとに回答しますし、資料に記載がない個別事情(特定の不動産の評価や非上場株式の評価など)については回答できません。「最終判断は必ず専門家に」という前提は変わりません。
専門家への相談を強く検討すべき5つのケース

AIの相続診断はあくまで「入口」です。以下のようなケースでは、弁護士・税理士・司法書士など、内容に応じた専門家への相談を強く検討しましょう。
ケース①:相続財産が多様・複雑な場合
不動産・非上場株式・外貨建て資産・暗号資産・ゴルフ会員権など、複数種類の財産が絡む場合は、各財産の評価方法が異なります。AIシミュレーターで「課税なし」と出ても、正確な評価をすると課税対象になるケースは珍しくありません。→ 税理士(相続専門)への相談
ケース②:相続人同士でもめている場合
遺産分割をめぐって相続人同士が対立している場合、法的な解決手段(調停・審判)が必要になる可能性があります。AIが提示する「一般的な解決策」では、具体的な状況に対応できません。→ 弁護士への相談
ケース③:相続放棄や限定承認を検討している場合
相続放棄は、自分のために相続が始まったことを知った時から、原則として3か月以内に家庭裁判所へ申述する必要があります。期限を過ぎると、原則として相続放棄が認められず、故人の借金や保証債務を相続する可能性があります。AIの「放棄した方がいい」「しなくていい」という回答を信じることは非常に危険です。→ 弁護士・司法書士への相談
ケース④:事業・農地・非上場株式が含まれる場合
事業承継・農地の相続・非上場株式の評価には、特別な税務上の特例(事業承継税制・農地の納税猶予など)があります。これらの特例の適用条件や手続きは非常に複雑で、AIでは正確な判断が困難です。→ 税理士(事業承継・相続専門)への相談
ケース⑤:故人に借金・保証債務がある場合
故人が保証人になっていた場合、その保証債務も相続の対象になります。この情報は生前には把握できないことも多く、相続開始後に判明するケースがあります。AIは「借金の有無」を把握できないため、判断の根拠が最初から欠けています。→ 弁護士・司法書士への相談
AI相続診断ツールを安全に使うための3つのルール

ルール①:「概算・目安」として使い、確定情報として扱わない
シミュレーターや診断チャットの結果は、「だいたいこのくらい」という参考値です。税額・法的判断・手続き方法のすべてにおいて、専門家の確認なしに最終決定してはいけません。
ルール②:複数のAIやソースで確認する
1つのAIの回答だけを信頼せず、公式サイト(国税庁・法務省・法務局)の情報と照合する習慣を持ちましょう。Gemini Notebookを使う場合は、公式PDFをアップロードして確認するのが有効です。
ルール③:法改正のタイミングに注意する
AIの学習データには締め切り(カットオフ)があります。「いつの情報に基づいているか」を意識し、直近に法改正があった分野については特に注意が必要です。
まとめ:AIは「地図」、専門家は「ナビ」
AI相続診断ツールは、相続という複雑な領域の全体像を把握する「地図」として有効です。しかし、地図だけで知らない土地を走るのは危険です。具体的な道案内——つまり個別の状況に合わせたアドバイスは、専門家という「ナビ」が必要です。
特に相続は、法律・税務・不動産・金融が複雑に絡み合い、判断を誤ると取り返しのつかない事態になるリスクがあります。
Gemini NotebookなどのRAG型AIを上手に活用しながら基礎知識を身につけ、最終判断は必ず専門家に委ねる——この組み合わせが、現代の賢い相続対策です。
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この記事の執筆者

田原 日出夫
現代文・小論文講師/終活・相続ライター 30年以上にわたり国語教育に携わり、東京大学・早稲田大学・慶應義塾大学など難関大学合格者を多数輩出。誌面ライター13年、Webライター約8年の経験を持ち、終活・相続・デジタル遺産・シニア向けIT活用などの分野で執筆を行う。複雑な制度や専門用語を、初めての方にもわかりやすく伝えることを信条としている。近親者の相続手続きを自ら経験し、実体験に基づいた情報発信を心掛けている。
参考資料
- 国税庁「No.4161 贈与財産の加算と税額控除(暦年課税)」
- 国税庁「国税庁におけるAIの活用」
- 日本経済新聞「国税当局、相続税調査の選定にAI活用」(2025年3月報道)
- 法務省「相続登記の義務化について」(2024年4月施行)
- Google「NotebookLM is now Gemini Notebook」(2026年7月16日)
- Google「Gemini Notebook ヘルプ」
- Legal AI Insight「ハルシネーションと法律リスク|企業法務が知るべき危険事例と運用ルール」
- Justia Law「Mata v. Avianca, Inc., No. 1:2022cv01461 - Document 54」(米国の架空判例事件)

