「AIに遺言書をチェックしてもらった」——その安心、本当に大丈夫ですか?
「AIに遺言書の文面を入力して、誤りがないか確認してもらった」——生成AIには、こうした使い方もできます。
実際、AIは誤字脱字の発見、文章の読みやすさの改善、記載漏れ候補の洗い出しなど、さまざまな点で役立ちます。
しかし、ここで一つ重要なことを理解しておく必要があります。
AIがチェックできるのは主に「文章」です。遺言書の有効性を左右するのは「法律上の方式と内容」です。
文章がきれいに整っていても、法律上必要な方式を欠けば、遺言が無効になる可能性があります。
相続争いを防ごうとして作った遺言書が、かえってトラブルの原因になるケースも考えられます。
さらに2026年6月には遺言制度に関する大きな法改正が成立しました。今後、ルールが段階的に変わっていきます。(法務省)
「現在のルール」と「これから変わるルール」を混同しないことが、今の遺言書作成では特に重要です。

この記事でわかること
✅ AIによる遺言書チェックが役立つ場面とできないこと
✅ 自筆証書遺言で注意したい6つのケース
✅ 2026年6月成立の遺言制度改正と現在の状況
✅ 法務局の保管制度と公証役場の役割の違い
✅ AIの活用と専門家相談の正しい使い分け
AIで遺言書をチェックするサービスの現状
実際に登場しているAI遺言書支援サービス
現在は、AIを活用して遺言書の草案作成をサポートするサービスも登場しています。
税理士法人レガシィが提供する「AIユイゴン Well-B」は、AIとの対話を通じて遺言書の草案作成をサポートするサービスです。音声入力にも対応しています。(レガシィ)
ただし、AIが作成した草案そのものが、自動的に法的効力のある遺言書になるわけではありません。
現状のAI遺言書サービスは、「遺言書そのものを完成させるもの」というより、考えを整理し、草案を作るための補助ツールとして活用するのが適切です。
AIが得意なこと・苦手なこと

AIが得意なこと
- 誤字脱字・表記ゆれの発見
- わかりにくい文章の改善
- 記載が抜けていそうな項目の洗い出し
- 遺言書の一般的な構成・文例の提示
- 自分の希望を文章として整理する作業
AIだけでは判断が難しいこと
- 遺言者に十分な遺言能力があるか
- 財産の特定方法が法的に十分か
- 遺留分への具体的な影響
- 法定相続人・受遺者の法律関係
- 個別事情を踏まえた相続トラブルの可能性
- 作成した遺言書が最終的に法的要件を満たしているか
2026年8月時点の現行制度では、AIやパソコンで作成した遺言本文を印刷し、署名・押印しただけでは、自筆証書遺言として認められません。
自筆証書遺言では、財産目録を除き、遺言の全文・日付・氏名を本人が自書し、押印することが必要です。(法務局)
遺言書で注意したい6つのケース

現行の自筆証書遺言では、財産目録を除く全文・日付・氏名を本人が自書し、押印することが必要です。(法務局)
AIで文章をチェックしていても、次のような点を見落とすと問題になる可能性があります。
ケース①:全文をパソコンで作成して印刷した
パソコンで作った本文を印刷し、署名・押印しただけでは、現行制度上、自筆証書遺言の方式を満たしません。
財産目録を除く本文は、本人が自書する必要があります。(法務局)
「AIが作ってくれたから」「専門家が書いたような文章だから」と、そのまま印刷して使わないよう注意しましょう。
ケース②:日付が曖昧になっている
自筆証書遺言では、作成日を記載する必要があります。
「令和○年○月吉日」のように日付が特定できない記載は、遺言の有効性に問題が生じる可能性があります。
AIに文面をチェックしてもらう場合も、年月日が明確に記載されているかを必ず確認しましょう。
ケース③:押印を忘れた【現行ルール】
2026年8月現在、自筆証書遺言には押印が必要です。(法務局)
文章や内容に問題がなくても、現行制度では押印を欠くと方式上の問題が生じます。
なお、2026年6月に成立した改正法では、自筆証書遺言などについて押印を必須としない制度への変更が決まっています。
ただし、これは改正部分の施行後の話です。(法務省)
ケース④:財産の特定が不十分
たとえば、
「預貯金を長男に相続させる」
とだけ記載した場合、複数の口座があれば、どの預貯金を指しているのか争いになる可能性があります。
不動産についても、後の相続手続きを円滑にするため、登記事項証明書などを確認し、どの財産を指しているのか特定できる形で記載することが重要です。
AIは文章の曖昧さを指摘することはできますが、個別の財産関係まで正確に確認しているとは限りません。
ケース⑤:遺留分への配慮がない
兄弟姉妹を除く一定の相続人には、「遺留分」という法律上保障された最低限の取り分があります。(裁判所)
たとえば、一人の相続人にすべての財産を相続させる遺言を作成した場合、その遺言自体が直ちに無効になるわけではありません。
しかし、他の遺留分権利者から遺留分侵害額請求を受ける可能性があります。(裁判所)
AIが一般的なリスクを指摘することはできますが、家族構成や生前贈与など個別事情を踏まえた法的判断や、将来の紛争リスクを正確に判定・保証することはできません。
ケース⑥:本人の自由な意思で作成したか疑われる
遺言は、遺言者本人の意思に基づいて作成することが重要です。
高齢の親の遺言書作成に特定の相続人だけが深く関与している場合などは、相続開始後に遺言能力や本人の意思をめぐって争いになることがあります。
AIだけでは、遺言者本人がどこまで内容を理解し、自由な意思で遺言しているのか確認することはできません。
【2026年最新】遺言制度はこれから大きく変わる

2026年6月24日に公布された改正法
2026年6月17日、「民法等の一部を改正する法律」が成立し、同年6月24日に公布されました。
遺言制度については、自筆証書遺言などにおける押印の任意化や、新しい「保管証書遺言」の創設などが盛り込まれています。(法務省)
ただし、2026年8月時点では、これらの新制度はまだ施行されていません。
① 押印の任意化【公布から1年以内に施行】
改正法では、自筆証書遺言について、現在の「自書し、これに印を押さなければならない」という規定から、押印を必須としない制度へ変更されます。(衆議院)
この改正部分は、2026年6月24日の公布から1年を超えない範囲内で、政令で定める日に施行されます。(法務省)
施行後は押印がなくても方式を満たせるようになりますが、自筆証書遺言については、原則として全文・日付・氏名を自書するという基本的な仕組みは残ります。
② 「保管証書遺言」の創設【公布から3年以内に施行】
今回の法改正では、電子データなどを活用して作成し、法務局で保管する新しい方式である**「保管証書遺言」**が創設されます。(法務省)
保管証書遺言では、現在の自筆証書遺言とは異なり、遺言の全文を手書きする必要はありません。
法律上は、遺言者が遺言の全文などを記載・記録した証書について、署名または法務省令で定められる署名に代わる措置を行い、さらに遺言書保管官の前で遺言全文を口述する仕組みとなっています。(衆議院)
保管証書遺言の基本的な流れ【施行後】
- パソコンなどを利用して遺言内容を作成する
- 署名、または法務省令で定められる署名に代わる措置を行う
- 法務局へ保管を申請する
- 遺言書保管官の前で遺言全文を口述する
- 法律に基づいて法務局で保管される
なお、本人から申出があり、遺言書保管官が相当と認めた場合には、映像と音声を使ったウェブ会議方式で口述できる仕組みも設けられています。(衆議院)
つまり、誰でも自由にオンラインだけで手続きを完結できるという意味ではありません。
重要:2026年8月11日時点ではまだ施行されていない
ここは特に注意してください。
改正法は成立・公布されていますが、押印の任意化や保管証書遺言は、2026年8月11日時点ではまだ施行されていません。(法務省)
施行時期は、
- 押印の任意化等:公布から1年以内
- 保管証書遺言の創設等:公布から3年以内
の範囲で、それぞれ政令によって定められます。(法務省)
したがって、現時点で自筆証書遺言を作成する場合には、これまでどおり財産目録を除く全文・日付・氏名の自書と押印が必要です。(法務局)
「もう押印はいらない」「パソコンで遺言書を作れば有効になった」と誤解しないよう注意しましょう。
法務局・公証役場・AIの役割の違い

遺言書作成では、AI・法務局・公証役場の役割を混同しないことが大切です。
AI → 文面整理・草案作成をサポートする
AIは、
- 誤字脱字
- 文章構成
- 表現のわかりやすさ
- 記載漏れの候補
などをチェックするのが得意です。
ただし、AIの回答だけで遺言書の法的有効性が保証されるわけではありません。
法務局 → 自筆証書遺言を保管する
現在の「自筆証書遺言書保管制度」では、法務局で遺言書を保管してもらうことができます。
法務局では所定の様式などについて確認が行われますが、遺言内容に関する法律相談や、その内容が法的に適切かどうかまで審査してくれる制度ではありません。 (日本公証人連合会)
一方、法務局で保管された自筆証書遺言は、紛失・破棄・隠匿・改ざんなどのリスクを抑えられるほか、家庭裁判所による検認が不要になるメリットがあります。(日本公証人連合会)
公証役場 → 公証人が遺言内容と本人の意思を確認する
公正証書遺言では、法律の専門家である公証人が遺言内容を整理し、遺言能力など、遺言が法律的に有効であるために必要な事項を慎重に確認します。(日本公証人連合会)
また、公正証書遺言は家庭裁判所の検認が不要です。
原本も公証役場または日本公証人連合会のシステムで保管されるため、紛失・破棄・隠匿・改ざんなどのリスクを防ぐことができます。(日本公証人連合会)
AI・法務局・公証役場を比較
| 確認・作業内容 | AI | 法務局 | 公証役場 |
|---|---|---|---|
| 誤字脱字・文章整理 | ◎ | ― | ○ |
| わかりにくい表現 | ◎ | ― | ◎ |
| 記載漏れ候補 | ○ | △ | ◎ |
| 自筆証書遺言の形式確認 | △ | ○ | ― |
| 遺言内容の法的整理 | △ | × | ◎ |
| 遺言能力・本人意思の確認 | × | × | ◎ |
| 個別のトラブルリスク検討 | △ | × | ○ |
| 公正証書遺言の作成 | × | × | ◎ |
AIは「文章を整える」、法務局は「保管する」、公証役場は「法律的に整理して公正証書を作る」——この違いを理解しておきましょう。
AIを使う際のプライバシーリスク

遺言書をAIにチェックさせる際、もう一つ見落とせないのが個人情報の取り扱いです。
遺言書には、
- 氏名
- 住所
- 家族関係
- 不動産情報
- 銀行口座
- 証券口座
- 財産額
- 相続させる相手
など、非常に重要な個人情報が集中しています。
個人情報保護委員会も、生成AIサービスを利用する際の個人情報の取り扱いについて注意喚起を行っています。(個人情報保護委員会)
生成AIに遺言書の文面を入力する場合は、少なくとも次の点を確認しましょう。
- 利用するAIサービスの利用規約
- プライバシーポリシー
- 入力した情報がどのように利用されるのか
- データ保存や第三者提供についての取り扱い
実践的な対策としては、銀行名・口座番号・住所・実名などを必要以上に入力せず、「A銀行」「長男A」「○○市の不動産」など仮名化してチェックする方法があります。
AIにチェックしてもらうために、すべての個人情報を入力する必要はありません。
専門家への相談を強く検討すべきケース
次のような場合は、AIだけで遺言書作成を完結させず、弁護士・司法書士・税理士・公証人など、内容に応じた専門家への相談を検討しましょう。
ケース①:相続人が複数いて、分け方が複雑
相続人が多く、財産の分け方が複雑になるほど、遺留分などをめぐって争いが生じる可能性があります。
「誰に、何を、どのように渡すのか」まで明確に整理することが重要です。
ケース②:前婚の子・認知した子・養子などがいる
家族関係が複雑な場合には、まず法定相続人を正確に確認する必要があります。
AIに家族構成を説明するだけでなく、戸籍などを確認したうえで専門家に相談する方が安全です。
ケース③:不動産・非上場株式・事業などが含まれる
不動産や会社の株式、事業用資産などが含まれる場合には、単に「誰に渡すか」だけでなく、財産の特定、評価、税務、事業承継など複数の問題が関係します。
こうしたケースは、AIによる文章チェックだけで判断するのが難しい分野です。
ケース④:認知機能や健康状態に不安がある
遺言者に遺言能力があったかどうかは、相続開始後の争いで問題になることがあります。
公正証書遺言では、公証人が遺言能力の有無など、法律上有効な遺言を作成するために必要な事項を慎重に確認します。(日本公証人連合会)
将来、遺言能力について争われる心配がある場合、公正証書遺言を検討する意味は大きいでしょう。
ケース⑤:相続人同士の関係が良くない
すでに家族間で意見の対立がある場合には、わずかな曖昧表現でも争いのきっかけになり得ます。
このような場合は、AIだけで文章を完成させるのではなく、法的な不備や曖昧さをできる限り減らしておくことが重要です。
まとめ:AIは「準備」、専門家は「完成」のサポート
AIを使って遺言書の下書きを作ったり、文章をチェックしてもらったりすることは、非常に便利な使い方です。
しかし、
「AIが問題ないと言った」=「法律上有効な遺言書である」
という意味ではありません。
2026年8月現在の自筆証書遺言では、財産目録を除き、全文・日付・氏名の自書と押印が必要です。(法務局)
2026年6月の法改正によって、今後は押印の任意化や保管証書遺言の創設が予定されていますが、現時点ではまだ施行されていません。(法務省)
相続人が複数いる場合、財産関係が複雑な場合、将来の争いが心配な場合には、AIで草案を整理した上で、公正証書遺言を含めた方法を専門家や公証役場に相談することが有力な選択肢です。
公正証書遺言では、公証人が遺言内容を法律的に整理し、遺言能力などについても慎重に確認します。また、原本が保管され、家庭裁判所の検認も不要です。(日本公証人連合会)
AIに「文章を整えてもらう」ことと、法律上有効な遺言を「完成させる」ことは別の作業です。
この違いを意識して、AIと専門家を上手に使い分けましょう。
デジタル資産の整理も、遺言書と同時に進めよう
遺言書に「ネット銀行の預金を長男に相続させる」と書いてあっても、家族がその口座の存在を把握できなければ、相続手続きに時間がかかる可能性があります。
相続トラブルを防ぐ「デジタル遺産目録」の作り方では、ネット銀行・証券口座・暗号資産などのデジタル資産を一覧化する方法を詳しく解説しています。
遺言書の作成と並行してデジタル資産を整理しておくことが、相続手続き全体をスムーズに進めるための重要な準備になります。

「まだ元気だから大丈夫」が一番危ない
デジタル資産の整理も、遺言書の作成も、「元気な今だからこそ」進められる準備です。
認知機能の低下や突然の入院などによって、自分の意思を十分に伝えることが難しくなる可能性もあります。
遺言書を作ることだけでなく、
「自分がどんな資産を持っているのか」
「家族に何を伝えておく必要があるのか」
を整理しておくことも重要です。
デジタル資産の生前整理サービスならデジ・タクセルでは、ネット銀行・証券口座・パスワード情報などのデジタル資産を、ご本人の意思に基づいて整理・管理するサービスを提供しています。
専門家と一緒に「何を残し、何を整理するか」を考えることで、遺族が相続手続きで困る状況を未然に防ぐための準備を進めることができます。
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この記事の執筆者

田原 日出夫
現代文・小論文講師/終活・相続ライター
30年以上にわたり国語教育に携わり、東京大学・早稲田大学・慶應義塾大学など難関大学合格者を多数輩出。
誌面ライター13年、Webライター約8年の経験を持ち、終活・相続・デジタル遺産・シニア向けIT活用などの分野で執筆を行う。
複雑な制度や専門用語を、初めての方にもわかりやすく伝えることを信条としている。
近親者の相続手続きを自ら経験し、実体験に基づいた情報発信を心掛けている。
参考資料
- 法務省・法務局「自筆証書遺言書の作成に関する注意事項」
- 法務省「民法等の一部を改正する法律(令和8年法律第45号)」
- 衆議院「民法等の一部を改正する法律案」
- 日本公証人連合会「公正証書遺言のメリット」
- 日本公証人連合会「自筆証書遺言書保管制度と公正証書遺言の違い」
- 裁判所「遺留分侵害額の請求調停」
- 個人情報保護委員会「生成AIサービスの利用に関する注意喚起等について」
- 税理士法人レガシィ「AIユイゴン Well-B」


