「全財産を長男に相続させる」
遺言書を開いたとき、書かれていたのが、この一文だけだったら——。
遺言書に書かれていないほかの家族は、財産を受け取れないのでしょうか。
結論からお伝えします。
遺言書に名前がなくても、一定の相続人には「遺留分」が認められており、侵害されている場合は金銭の支払いを請求できる可能性があります。
配偶者や子どもなど一定の相続人には、遺言によって取り分を減らされた場合でも請求できる最低限の権利があります。これが「遺留分」です。
ただし、遺留分は待っていても受け取れません。自分から請求する必要があり、期限もあります。
私は介護福祉士として15年以上、介護の現場でご利用者やご家族と接してきました。
相続の分け方をめぐるご家族の悩みを耳にすることもありました。
この記事では、そうした現場の実感も交えながら、遺留分の仕組み・計算方法・請求のやり方・期限までをお伝えします。
読み終えるころには「自分に遺留分はあるのか」「いくら請求できるのか」の見当がつけられるようになるはずです。
権利を正しく知ることが、冷静な話し合いへの第一歩になります。
遺留分とは|遺言でも奪えない相続の最低限の権利

遺留分とは、一定の相続人に法律で保証された、遺産の最低限の取り分のことです(民法1042条)。
遺言書を書けば、財産の分け方は自由に決められます。
ただし、遺留分だけは例外です。
遺言によって遺留分を侵害する内容を定めること自体はできますが、その場合でも、遺留分を持つ相続人は侵害された額に相当する金銭を請求できます。
残された家族の生活を守るための、相続の権利のセーフティネットといえます。
遺留分をもつのは、次の相続人です。
- 配偶者
- 子ども(子が先に亡くなっているなど、代襲相続が生じる場合は孫など)
- 直系尊属(父母・祖父母)
そして大切な注意点がひとつ。
兄弟姉妹には遺留分はありません。条文にも「兄弟姉妹以外の相続人」という書き出しで定めています。
子がおらず、父母・祖父母などの直系尊属もすでに亡くなっていて、相続人が配偶者と兄弟姉妹になるケースでは、遺言書で「財産はすべて配偶者に相続させる」としておけば、兄弟姉妹から遺留分を請求されることはありません。
この場合、兄弟姉妹から遺留分を請求されることはありません。
遺留分の割合と計算方法|誰がいくら受け取れるのか

では次に、いちばん気になる遺留分は実際にいくら受け取れるのかを計算してみましょう。
遺産全体に対する遺留分の割合は、次のとおりです(民法1042条)。
- 原則……遺産の2分の1
- 父母などの直系尊属だけが相続人の場合……遺産の3分の1
この遺留分の割合に、法定相続分を掛けたものが一人ひとりの遺留分です。
具体例を見てみましょう。
【遺産6,000万円、相続人が妻と子ども2人の場合】
妻の遺留分……6,000万円 × 2分の1 × 法定相続分2分の1 = 1,500万円
子1人の遺留分……6,000万円 × 2分の1 × 法定相続分4分の1 = 750万円
冒頭の「全財産を長男に」という遺言があっても、妻は1,500万円、次男は750万円を最低限の取り分として請求できるということになります。
※実際の計算では、土台となる財産額も、一定の生前贈与を足して債務を引いて求めます(民法1043条)。
請求額の側も、生前にもらった財産などで調整されます(民法1046条2項)。ここでは考え方をつかむための簡略化した計算例とお考えください。
遺留分を請求できるケース|遺言や生前贈与で取り分が減ったとき
遺留分の計算が合っていたとしても請求が問題になる場合があります。
主に次のようなケースです。
- 偏った遺言書……「全財産を特定の相続人に」「財産はすべて団体に寄付する」など
- 多額の生前贈与……特定の相続人や第三者に、生前に財産の大半が渡っていた
偏った遺言書のケースで大切なのは、遺言書そのものが無効になるわけではないことです。
遺言は有効なまま、遺留分を侵害された分のお金をあとから請求する、という関係になります。
生前贈与については、計算に入れられる範囲が決まっています。
相続人以外への贈与は相続開始前の1年間、相続人への贈与は10年間(結婚や生活の援助など特別受益にあたるもの)が対象です(民法1044条)。
さらに、この期間より前の贈与でも、贈る側と受け取る側の双方が「家族の最低限の取り分を減らす」と分かって行った場合は、対象に含まれます。
「生前に贈与しておけば必ず遺留分の対象外になる」とは限りません。贈与の時期や相手、内容によっては遺留分の計算に含まれるため注意が必要です。
では、遺留分を請求できるケースがあるとき、実際にどう請求すればよいのでしょうか。
次からは請求の流れを見ていきます。
遺留分侵害額請求のやり方|お金で請求する権利に変わりました

遺留分を請求する手続きを、遺留分侵害額請求といいます。
ここで、古い情報との違いに注意してください。
かつては「遺留分減殺請求」と呼ばれ、不動産などの現物を取り戻す形が原則でした。
2019年7月に施行された民法(相続法)の改正で、金銭の支払いを請求する権利に一本化されています。
条文にも、はっきり書かれています。
- 請求できる相手……財産を多く受け取った相続人や受贈者
- 請求できるもの……遺留分侵害額に相当するお金
不動産を分け合って共有名義にする必要がなくなり、金銭のみで解決できるようになりました。
進め方は、段階を踏むのが一般的です。
- まずは話し合い……請求の意思を伝え、支払い方法を相談する
- 内容証明郵便で請求……話し合いが難しければ、請求した事実と日付が残る形で意思表示する
- 家庭裁判所の調停を利用……当事者間で話し合いがまとまらない場合、遺留分侵害額請求調停を申し立てる
- 民事訴訟を検討……調停でも解決しない場合は、地方裁判所や簡易裁判所で金銭請求訴訟を行うことを検討する
大切なのは、裁判をしなくても、請求の意思表示をすること自体に意味があることです。
なお、家庭裁判所へ調停を申し立てただけでは、相手方に遺留分侵害額を請求したことにはなりません。1年の期間制限に備えるためにも、調停とは別に、内容証明郵便など相手方に意思表示が到達したことを確認できる方法で請求するのが一般的です。
遺留分侵害額請求の期限|1年と10年の二段構え

遺留分を侵害された場合に、その侵害額に相当する金銭の支払いを求める手続きを遺留分侵害額請求といいます。
遺留分侵害額の請求権は、遺留分権利者が、相続の開始及び遺留分を侵害する贈与又は遺贈があったことを知った時から一年間行使しないときは、時効によって消滅する。相続開始の時から十年を経過したときも、同様とする。 (民法第1048条)
整理すると、こうなります。
- 相続の開始と、遺留分の侵害を知った時から1年……偏った遺言書の存在を知った日などが起点
- 知らなくても、相続開始から10年……こちらを過ぎると請求できない
1年はあっという間です。
四十九日や納骨が終わり、落ち着いてから——と考えているうちに、期限が近づいてしまうことも珍しくありません。
「請求するかどうか迷っている段階でも、意思表示だけは1年以内に」
これが鉄則です。
データで見る|相続争いの約8割は遺産5,000万円以下
ここまで見てきて、「うちは財産が少ないから、遺留分なんて関係ない」と思われるかもしれません。
ところが、司法統計では家庭裁判所で争われた遺産分割の約77%は、遺産額5,000万円以下でした(令和5年・司法統計年報 家事編 第52表)。
これは遺産分割の事件全体の統計で、遺留分の事件だけを数えたものではありません。
それでも、相続の争いは財産が多い家庭だけの問題ではないことが分かります。
財産の多い少ないは関係ありません。分け方によって遺留分の問題は起こるということです。
遺留分の生前対策|遺言を書く側ができる3つの配慮
ここまでは遺留分を受け取る側の話をしてきました。
ここからは遺言書を書く側から、遺留分を見てみます。
せっかく残した遺言書が争いの火種にならないよう、遺留分との付き合い方が大切です。
①遺留分を侵害しない分け方にする
いちばん確実な対策です。
各相続人の遺留分を計算したうえで、最低限その額は残す分け方にしておけば、そもそも請求は起こりません。
事業や自宅を特定の子に引き継がせたい場合も、ほかの相続人には預貯金や保険で遺留分相当を確保する、といった設計が考えられます。
②付言事項で想いを伝える
遺言書には、分け方の理由や家族への感謝を書き添える付言事項を付けられます。
法的な効力はありませんが、「なぜこの分け方にしたのか」が伝わるだけで、受け取る側の納得感は大きく変わります。
遺留分の請求は権利ですが、請求するかどうかは感情が決める——現場ではそう感じる場面が多いです。
③どうしても必要なら遺留分の生前放棄という制度もある
相続が始まる前に、相続人本人が家庭裁判所の許可を受けて遺留分を放棄する制度があります(民法1049条)。
ただし、本人の自由な意思と合理的な理由が前提の、ハードルの高い手続きです。
安易に頼らず、まずは①と②で争いにならない遺言を目指すことをおすすめします。
遺留分に配慮した遺言書の書き方は、別の記事で詳しく解説しています。
介護の現場から伝えたいこと

ここまで読んでいただき、「遺留分はもめそう」と感じる方もいるかもしれません。
ただ、介護現場の立場から見ると、遺留分は「もめないための最低ラインを先に示してくれるもの」だと感じています。
「自分には最低限これだけの権利がある」と分かっていれば、感情に任せた要求ではなく、根拠のある話し合いができます。
遺言書を書く側も、遺留分を知っていれば、家族が受け入れやすい分け方を最初から設計できるということです。
いちばんの火種は、権利を知らないまま相続を迎えること。
元気なうちに、ご家族で分け方の考えを共有しておく——それが、「遺留分を使わずに済む」いちばんの方法です。
まとめ|遺留分は知っておくだけで家族を守る権利
最後に遺留分のポイントを、「請求する側」と「遺言書を書く側」に分けて整理します。
【遺留分を請求する側のポイント】
- 配偶者・子・直系尊属には遺言でも奪えない最低限の取り分がある(兄弟姉妹にはない)
- 割合は原則、遺産の2分の1×法定相続分
- 請求はお金で支払いを求める遺留分侵害額請求(裁判は必須ではない)
- 期限は知った時から1年・相続開始から10年の二段構え
【遺言書を書く側のポイント】
- 遺留分を侵害しない分け方にすれば争いは起こりにくい
- 付言事項で分け方の理由と想いを伝える
- 子のないご夫婦は、遺言書を書けば全財産を配偶者に残せる
大切なのは、財産の全体像がわからないと遺留分の計算も分け方の設計もできないということです。
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難しく考えなくて大丈夫です。
まずはご自身の家族構成で、誰に遺留分があるのかを確かめるところから始めてみてください。
その小さな確認が、ご家族の争いを防ぐ最初の備えになります。
この記事の監修者

yusuke 介護福祉士・FP3級
介護福祉士として15年以上、介護現場でご利用者やご家族と接してきました。現在は個人事業主として介護タクシーを運営。介護の現場で見てきた「本当に困ること」をもとに、終活・介護・お金の話を、わかりやすくお伝えしています。
出典
- 民法第1042条・第1043条・第1044条・第1046条・第1048条・第1049条(e-Gov法令検索) https://laws.e-gov.go.jp/law/129AC0000000089
- 法務省「民法及び家事事件手続法の一部を改正する法律について(相続法の改正)」 https://www.moj.go.jp/MINJI/minji07_00222.html
- 司法統計年報(家事編)令和5年 第52表(PDF) https://www.courts.go.jp/saikosai/vc-files/saikosai/toukei/toukei-pdf-16604.pdf

