「相続」と聞くと、財産をもらうことを思い浮かべる方が多いと思います。
ただ実は、相続には「もらわない」という選択肢があります。それが相続放棄です。
そして、相続放棄には原則3ヶ月という期限があります。何もしないでいると、借金まで自動的に引き継ぐことになりかねません。
私は介護福祉士として15年以上現場に立ち、現在は介護タクシーの事業者として活動しています。
その中で、相続の話もお聞きしたことがあります。
この記事では、相続放棄の仕組みと手続き、相続人の「3つの選択肢」を介護現場の視点も交えながら、わかりやすく解説します。
相続放棄とは|「初めから相続人でなかった」ことになる制度

相続放棄とは、プラスの財産もマイナスの財産も、一切引き継がないという選択です。
民法では、相続放棄をした人は「初めから相続人とならなかったものとみなす」と定められています(民法939条)。
ここで大事なポイントがひとつ。
相続放棄は、親族に「私は相続しない」と伝えるだけでは成立しません。家庭裁判所への「申述(しんじゅつ)」という手続きが必要です(民法938条)。
そしてもうひとつ。
一度受理された相続放棄は、原則として撤回できません(民法919条)。
「やっぱりやめた」がきかない、重い選択です。
データで見る|相続放棄は年間30万件超え
相続放棄は、決して珍しい手続きではありません。
司法統計によると、家庭裁判所への相続放棄の申述は、令和6年で年間30万8,753件。初めて30万件を超えました。
平成27年は約18万9,000件だったので、この10年で1.6倍以上に増えた計算です。
相続放棄が増えた背景には、次のような事情があると言われています。
- 使い道のない実家(空き家)を相続したくない
- 疎遠だった親族の借金を引き継ぎたくない
相続=もらうもの、という時代ではなくなりつつある——数字がそれを物語っています。
なぜ「3ヶ月以内」なのか|何もしないと借金ごと相続することに

相続放棄は3ヶ月以内です。
民法に「自己のために相続の開始があったことを知った時から三箇月以内」と明記してあります。(民法915条1項)
注意したいのは、起算点が「亡くなった日」ではないこと。
原則として、亡くなった事実と自分が相続人になったことを知った時から3ヶ月です。
では、3ヶ月のあいだ何もしないとどうなるか—
自動的に「単純承認」したものとみなされます(民法921条)。
単純承認とは、プラスもマイナスも無限に引き継ぐこと(民法920条)。つまり、借金があれば借金ごと相続です。
「財産の調査が3ヶ月で終わりそうにない」という場合は、家庭裁判所に期間伸長(延長)の申立てをすることもできます(民法915条1項ただし書)。
なお、3ヶ月を過ぎてしまった場合でも、最高裁の判例により例外的に相続放棄が認められたケースはあります。
ただし、あくまで例外です。期限を過ぎそうなとき、過ぎてしまったときは、すぐに弁護士や司法書士に相談してください。
相続の3つの選択肢|それぞれの特徴と違い
相続人には、3つの選択肢があります。
①単純承認……プラスもマイナスも、すべて引き継ぐ
- 特別な手続きは不要。3ヶ月何もしなければ、自動的に単純承認になります
- 借金や保証債務があっても、無限に引き継ぎます
②限定承認……プラスの範囲内でだけ、マイナスを引き継ぐ
- 相続で得た財産の限度で借金を返す、という条件つきの相続です(民法922条)
- ただし、相続人全員が共同で行う必要があり(民法923条)、財産目録の作成と家庭裁判所への申述も必要です(民法924条)
- 手続きの負担が大きく、利用される件数は多くありません
③相続放棄……何も引き継がない
- 借金が明らかに多い場合の、いちばん確実な守りの手段です
- 限定承認と違い、ひとりでも手続きできます
- そのかわり、プラスの財産は受け取れません
どれを選ぶべきかは、プラスとマイナスの財産の全体像がわからないと判断できません。ここが後で効いてきます。
相続放棄の手続き|家庭裁判所への申述・3ステップ

手続きと聞くと身構えるかもしれませんが、やることは大きく3つです。順番に見ていきましょう。
①財産を調査する
まず、プラスとマイナスの財産を洗い出します。
民法でも、承認や放棄の前に財産の調査ができると定められています(民法915条2項)。
預貯金・不動産・借金・保証債務……。督促状や通帳、郵便物が手がかりになります。
②必要書類を集める
主な書類は次のとおりです。
- 相続放棄の申述書……裁判所のサイトから入手できます
- 被相続人の住民票除票または戸籍附票
- 申述人(自分)の戸籍謄本……続柄によって追加の戸籍が必要な場合があります
③家庭裁判所に申述する
提出先は、被相続人の最後の住所地の家庭裁判所です。自分(申述人)の住所地ではない点に注意してください。
費用は、収入印紙800円分(申述人1人につき)と連絡用の郵便切手(数百円程度・裁判所により異なります)。郵送での提出もできます。
費用は高くありません。
さらに、「相続放棄の手続き」と聞くと難しく聞こえますが、専門家に頼まないとできない手続きではないんです。
ただし、手続きをする上で判断に迷う場合は専門家への相談をおすすめします。
知らないと後悔する4つの注意点
相続放棄には、知らないと取り返しがつかない落とし穴があります。今回は4つに絞ってお伝えします。
①遺品の処分は、放棄の前に手をつけない
相続財産を処分すると、単純承認したとみなされ、相続放棄ができなくなることがあります(民法921条1号)。
どこまでが「処分」にあたるかはケースバイケースです。
放棄を考えているなら、遺品や預貯金に手をつける前に専門家へ相談——これが鉄則です。
②受取人指定の生命保険金は、受け取れるのが原則
意外と知られていませんが、受取人が指定された死亡保険金は「受取人固有の財産」と扱われるのが原則。相続放棄をしても受け取れます。
ただし税金の面では注意が必要です。
死亡保険金の非課税枠(500万円×法定相続人の数)は、相続を放棄した人には適用されません(国税庁タックスアンサーNo.4114)
契約の形によって課税関係が変わるので、詳しくは税務署や税理士に確認してください。
③放棄した借金は「次の順位」の親族に回る
相続放棄をすると、相続権は次の順位の親族に移ります。子ども全員が放棄すれば親へ、親も放棄すれば兄弟姉妹へ。
つまり、黙って放棄すると、親戚に借金の請求が突然届くことになりかねません。
放棄をした場合は、次順位の親族への連絡を忘れずに。
④住んでいた家などには「保存義務」が残ることがある
2023年4月に施行された改正民法により、放棄した時に相続財産を「現に占有している」場合は、次の相続人などに引き渡すまでその財産を保存する義務が残ります(民法940条)。
「放棄したから実家は知らない」とは言い切れないケースがある、ということです。
介護の現場から伝えたいこと

以前、他の介護施設の方からこのような話を聞いたことがあります。
娘様からのお話。
「父が亡くなったあと、知らない消費者金融から督促状が届いたんです。財産のことなんて、何も聞いていなかったのに」
ご家族は、葬儀と手続きに追われながら、慣れない財産調査に走り回ることになったそうです。
3ヶ月という期間は、長いようであっという間。
このような話を聞いて感じるのは、相続の方法を「選べる家族」と「選べない家族」の差は、生前の準備で決まるということ。
財産の全体像が見える状態になっていれば、家族は落ち着いて「相続するか、放棄するか」を選べます。
何も情報がなければ、期限に追われて選ぶことすらできません。
相続放棄は、家族を守る制度です。その判断材料を残せるのは、生きている間の本人だけなんです。
まとめ|家族に「選べる3ヶ月」を残そう
最後に、この記事の要点を『起こりうるリスク』と『今できる備え』に分けて整理します。
【放置すると起こること】
- 3ヶ月の期限が過ぎ、借金ごと自動的に相続(単純承認)になる
- 財産の全体像がわからず、調査だけで期限ギリギリになる
- 黙って放棄した結果、次順位の親戚に督促が届き、トラブルになる
【元気なうちにできる対策】
- プラスとマイナス両方の財産リストをつくる(借金・保証債務・ローンも正直に)
- 生命保険の受取人を確認しておく
- 財産の情報を、エンディングノートなどで家族と共有する
特に見落とされがちなのが、ネット銀行・ネット証券・スマホ決済などのデジタル資産です。
通帳も郵便物も残らないため、家族からはプラスの財産もマイナスの契約も見えません。財産調査の3ヶ月を苦しめるのは、実はこの「見えない資産」です。
「何からすればいいかわからない」という方は、デジタル終活を専門にサポートするサービスに相談するのもおすすめです。
専門家と一緒に進めれば、保険もデジタルも漏れなく整理でき、安心して備えを終えられます。
大切な家族に残すべきものは、財産そのものだけではありません。
「落ち着いて選べる時間」も、あなたが残せる大切な贈り物だと、私は思います。
この記事の監修者

yusuke /介護福祉士・FP3級
介護福祉士として15年以上、介護現場でご利用者やご家族と接してきました。現在は個人事業主として介護タクシーを運営。介護の現場で見てきた"本当に困ること"をもとに、終活・介護・お金の話を、わかりやすくお伝えしています。
出典
- 民法(e-Gov法令検索)第915条・919〜924条・938〜940条 https://laws.e-gov.go.jp/law/129AC0000000089
- 裁判所「相続の放棄の申述」 https://www.courts.go.jp/saiban/syurui/syurui_kazi/kazi_06_13/index.html
- 裁判所「相続の承認又は放棄の期間の伸長」 https://www.courts.go.jp/saiban/syurui/syurui_kazi/kazi_06_25/index.html
- 司法統計年報(令和6年・家事編)「新受件数―全家庭裁判所」 https://www.courts.go.jp/saikosai/vc-files/saikosai/toukei/toukei-pdf-12787.pdf
- 国税庁タックスアンサーNo.4114「相続税の課税対象になる死亡保険金」 https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/taxanswer/sozoku/4114.htm
- 法務省「民法等一部改正法・相続土地国庫帰属法の概要」(改正民法940条・2023年4月1日施行) https://houmukyoku.moj.go.jp/wakayama/page000001_00396.pdf

