任意後見契約——元気なうちに「将来の自分」を守る法律手続き

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「認知症になったら、誰に財産を管理してもらうんだろう」

そう考えたとき、多くの方が思い浮かべるのが成年後見制度です。
ただ、判断能力が下がってから始まる法定後見では、後見人を家族から選べるとは限りません。

私は介護福祉士として15年以上現場に立ち、老後の財産管理に悩むご家族と接してきました。

先に結論をお伝えします。

任意後見契約は「将来の後見人を、自分の意思で指名しておく」唯一の手続きです。
費用は公正証書の作成に1万7,000円ほど。判断能力があるうちにしか結べません。

この記事を読めば、任意後見の3つの型と手続きの流れ、費用、そして選ぶ前に知っておきたい注意点までがわかります。

目次

任意後見契約とは|将来の代理人を自分で決めておく契約

書類を見る親子

任意後見契約とは、判断能力があるうちに、将来自分を支援してくれる人(任意後見人)と、任せる内容をあらかじめ決めておく契約です。

「認知症になったら、長女に預貯金の管理と施設の契約を任せたい」

この希望を、法的な効力のある形で残せるのが任意後見です。
根拠となる法律も「任意後見契約に関する法律」として独立して存在します。

法定後見との違いは、この一点に尽きます。

  • 法定後見……判断能力が下がった後、家庭裁判所が後見人を選ぶ
  • 任意後見……判断能力があるうちに、自分が後見人を選ぶ

任される人(任意後見受任者)は、家族でも、信頼できる知人でも、専門職でもかまいません。
誰に・何を任せるかを自分で決められるのが最大の価値です。

なお、成年後見制度の全体像は別の記事で解説しています。

データで見る|任意後見が「使われていない」現実

ここで、任意後見の実際の利用状況を見てみましょう。最高裁判所の最新統計(令和7年・2025年分)です。

  • 任意後見監督人選任の申立て……年間881件
  • 後見開始の申立て……年間2万9,233件
  • 任意後見の利用者数……2,833人(制度全体の約1%)

任意後見の申立ては、後見開始の約33分の1にとどまります。

「自分で選べる制度」があるにもかかわらず、実際に使われているのはごくわずか。
これは制度が悪いからではなく、元気なうちに動く人が少ないからです。

判断能力が下がってから家族が慌てて申し立てる法定後見と、元気なうちに自分で準備する任意後見。この差が、そのまま数字に表れています。

任意後見契約の3つの型|開始時期で選び方が変わる

任意後見契約は、いつからサポートを受けるかによって3つの型に分かれます。ここは選び方の要になる部分です。

①将来型——判断能力が下がったときに備えるだけ

契約だけ結んでおき、判断能力が下がるまでは何も始めないのが将来型です。

もっともシンプルで、費用も抑えられます。
ただし契約から発効までの期間が長くなるため、受任者と定期的に連絡を取り合う関係を保っておくことが前提になります。

②移行型——今は財産管理、将来は任意後見へ

判断能力があるうちは「財産管理委任契約」で支援を受け、判断能力が下がったら任意後見へ移行する型です。

体は不自由になったけれど頭ははっきりしている、という段階から支援を受けられるのが利点です。
実務でもっともよく使われる型とされています。

③即効型——契約後すぐに任意後見を始める

契約後、すぐに任意後見監督人の選任を申し立てる型です。
判断能力が下がり始めているものの、契約を結ぶ能力は残っている段階で使われます。

ただし、この型には契約時の判断能力を後から争われるリスクがあるため、医師の診断書などで慎重に進めることが欠かせません。

任意後見の手続きの流れと費用|1万7,000円ほど

杖とお金

任意後見の手続きの流れは4ステップです。

①任せる人と内容を決める……誰に、どこまで任せるかを話し合います

②公証役場で公正証書を作成する……任意後見契約は公正証書で結ぶことが法律で義務づけられています(任意後見契約に関する法律3条)。あわせて法務局に登記されます

③判断能力が下がったら、家庭裁判所に申し立てる……申立てができるのは本人・配偶者・四親等内の親族・任意後見受任者です

④家庭裁判所が任意後見監督人を選任する……この選任のときから契約の効力が生じます。監督人は、任意後見人がきちんと仕事をしているかをチェックする役割を担います

費用は次のとおりです(2025年10月改定後の金額)

  • 公正証書の作成手数料……1万3,000円
  • 登記嘱託手数料……1,600円
  • 収入印紙代……2,600円
  • 合計1万7,000円ほど+送料などの実費

契約しただけの段階では、月々の費用はかかりません。
発効後は任意後見監督人への報酬が発生し、金額は家庭裁判所が決定します。

受任者(任せる人)の選び方|3つの判断基準

任意後見でいちばん悩むのが、誰に任せるかです。現場で見てきた実感も踏まえて、判断の基準を3つ挙げます。

①長く付き合える人か

任意後見は、契約から効力が生じるまでに10年、20年かかることも珍しくありません。

そのため、自分より若く、長く関わってくれる人が基本になります。
同世代の配偶者や兄弟だけを指名すると、いざというときに本人も高齢になっている可能性があります。

②お金の管理をきちんとできる人か

任意後見人には、家庭裁判所に選ばれた任意後見監督人によるチェックが入ります。

とはいえ、日々の管理を担うのは受任者本人です。
記録を残す、私費と分けて管理するといった作業を負担なくこなせる方かどうかは、率直に見極めておきたい点です。

③家族の理解が得られる人か

長女に任せると決めたのに、他の兄弟が知らなかった。この行き違いが、後のトラブルにつながります。

任せる相手を決めたら、その理由を含めて家族全員に伝えておくこと。これが何よりの予防策です。

なお、身近に頼める方がいない場合は、司法書士や弁護士などの専門職、社会福祉協議会や法人と契約することもできます。
複数人を指名して役割を分ける方法も可能です。

任意後見と家族信託の違い|認知症対策の使い分け

同じ認知症対策として比較されることの多い「家族信託」とも、整理しておきましょう。
この2つは、できることの方向がまったく違います。

  • 任意後見……財産の管理と身上保護(介護や施設の契約など)ができる。ただし積極的な運用や処分には向かない
  • 家族信託……不動産の売却や資産の組み替えまで託せる。ただし介護施設の契約など身上保護はできない

つまり、暮らしの手続きを任せたいなら「任意後見」、不動産を動かしたいなら「家族信託」というのが基本の考え方です。

費用面でも差があります。
任意後見が1万7,000円ほどから始められるのに対し、家族信託は契約設計を専門家に依頼するのが一般的で、初期費用は数十万円規模になることもあります。

そして重要なのは、両方を併用できるということ。
実家の管理は家族信託で、介護や医療の手続きは任意後見で、という組み合わせも可能です。家族信託については別の記事で詳しく解説しています。

任意後見のデメリット|契約前に知っておきたい3つのこと

手続き

ここでは、任意後見制度のデメリットをお伝えします。

  • 取消権がない……法定後見の後見人と違い、本人が結んでしまった不利な契約を取り消す権利はありません。訪問販売などの被害が心配な場合は、この点が弱点になります
  • 監督人への報酬が続く……効力が生じた後は、本人が亡くなるまで任意後見監督人への報酬が発生し続けます
  • 本人の死亡後のことは対象外……葬儀や納骨、遺品の整理などは任意後見では扱えません。必要な場合は死後事務委任契約を別に結ぶ形になります

デメリットはありますが、これらは「知らずに契約して後悔する」ことを防ぐための注意点です。
取消権が必要なら法定後見、財産を動かしたいなら家族信託というように、目的に合わせて選び分ければ十分に補えます。

介護の現場から伝えたいこと

歩行器で歩く男性を介助する介護士

以前、ケアマネジャーの方からこのような話をお聞きしたことがあります。
「息子に迷惑をかけたくないから、施設のことは全部自分で決めておきたい」というご利用者様がいたそうです。

その方は、ご自身で公証役場に足を運び、任意後見の契約を済ませていました。まだ十分にお元気なころの話です。

数年後、判断能力が下がってきたときも、ご家族は慌てずに済んだと聞いています。
「父が自分で決めていたから」という理由は、ご家族の迷いを取り除く力があるのだと感じました。

現場にいると、「誰に任せるか」で悩むご家族をよくお見かけします。
その悩みを引き受けられるのは、元気なうちのご本人だけです。任意後見は、家族への思いやりを法的な形にする手続きだと私は思っています。

まとめ|任意後見は「自分で選ぶ」ための唯一の手続き

最後に、要点を放置した場合と今できる備えに分けて整理します。

【放置すると起こること】

  • 判断能力が下がった後は法定後見しか選べなくなる
  • 後見人は家庭裁判所が決めるため、家族が選ばれるとは限らない
  • 任せる内容も自分では決められない

【元気なうちにできる備え】

  • 誰に何を任せたいかを家族と話し合う
  • 受任者は自分より若く、家族の理解が得られる人を選ぶ
  • 開始時期に応じて将来型・移行型・即効型から選ぶ(迷った場合は移行型が使いやすい)
  • 不動産を動かす予定があるなら家族信託との併用も検討する
  • 公正証書で契約する(費用は1万7,000円ほどから)
  • 取消権がないなど、デメリットも理解したうえで判断する

そして、任意後見を活かすために欠かせないのが財産と契約の情報を整理しておくことです。

どんなに信頼できる人に任せても、通帳や保険、ネットの口座がどこにあるか分からなければ、その人は動けません。
デジタル終活のサービスもうまく使いながら、「任せる人を決める」ことと「情報を残す」ことをセットで進めてみてください。

任せる人を決められるのは、元気な今だけ。その一歩が、将来のご家族の迷いを取り除きます。

この記事の監修者

監修者用写真

yusuke /介護福祉士・FP3級

介護福祉士として15年以上、介護現場でご利用者やご家族と接してきました。現在は個人事業主として介護タクシーを運営。介護の現場で見てきた「本当に困ること」をもとに、終活・介護・お金の話を、わかりやすくお伝えしています。

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