「配偶者は1億6,000万円まで相続税がかからない」
そんな話を聞いたことはありませんか。
結論からお伝えすると、これは事実です。
ただし、この制度にはあまり知られていない落とし穴があります。
使い方を間違えると、次の相続で逆に税金が増えるのです。
私は介護福祉士として15年以上介護の現場に立ち、FP3級(3級ファイナンシャル・プランニング技能士)としてお金の勉強を続けてきました。
この記事では、制度の仕組みと、「全額を配偶者に相続させたら、トータルの税金はどうなるのか」の試算、そして実際に使うときの条件までをお伝えします。
相続税の配偶者控除とは|1億6,000万円まで非課税になる制度

「配偶者控除」という呼び方が広く使われていますが、相続税での正式な名前は「配偶者の税額軽減」です。
年末調整などで出てくる所得税の配偶者控除とは、まったく別の制度なので区別してください。
国税庁の案内によると、配偶者が実際に受け取った遺産のうち、次のどちらか多い金額までは相続税がかかりません。
- 1億6,000万円
- 配偶者の法定相続分に相当する金額
たとえば遺産が4億円で相続人が妻と子なら、妻の法定相続分は2分の1の2億円。1億6,000万円より多いので、2億円まで非課税になります。
根拠となる条文はこちらです。
被相続人の配偶者が当該被相続人からの相続又は遺贈により財産を取得した場合には、当該配偶者については、第一号に掲げる金額から第二号に掲げる金額を控除した残額があるときは、当該残額をもつてその納付すべき相続税額とし、第一号に掲げる金額が第二号に掲げる金額以下であるときは、その納付すべき相続税額は、ないものとする。 (相続税法第19条の2第1項)
条文に婚姻期間の要件はありません。結婚して間もないご夫婦でも使えます。
対象となるのは、婚姻届を出している法律上の配偶者です。
なぜ夫婦の相続はここまで優遇されるのか
1億6,000万円という金額は、相続税の制度のなかでも際立って大きな優遇です。
その背景として、一般に次のような理由が挙げられています。
- 夫婦の財産は、ふたりで協力して築いたものという考え方
- 残された配偶者のこれからの生活を守る必要があること
- 夫婦は同世代であることが多く、遠くない将来にもう一度相続が起こること
注目していただきたいのは、3つめです。
「もう一度相続が起こる」——ここに、この記事でお伝えしたい落とし穴があります。
落とし穴|二次相続で相続税が増えるリスク

配偶者の税額軽減にひそむ落とし穴の正体は、二次相続です。
たとえばお父様が亡くなり、お母様が相続する。これを一次相続といいます。
そして将来お母様が亡くなり、お子様が相続する。これが二次相続です。
一次相続で「せっかくの制度だから」と全額をお母様に相続させると、二次相続で次の3つが同時に起こります。
- 基礎控除が減る……相続人がひとり減るため、非課税の枠が600万円小さくなります
- 配偶者の税額軽減が使えない……子への相続に、この制度はありません
- 財産が合算される……一次で受け取った財産に、お母様自身の財産が上乗せされます
相続税の税率は、財産が多いほど高くなる仕組みです。
財産がお母様にいったん集中すると、二次相続は「守りの弱い状態」で「大きな金額」に課税されることになります。
【試算】一次相続で全額を配偶者に相続させると、二次相続の税額が多くなる
二次相続で税金が増えると言われても、言葉だけではイメージしづらいものです。実際に計算してみます。
前提はこうです。
- 夫の遺産……1億6,000万円
- 相続人……妻と子2人(二次相続では子2人)
- 一次相続の法定相続分は妻2分の1・子4分の1ずつ
【パターンA】一次相続で妻が全額を相続した場合
一次相続の相続税は、配偶者の税額軽減により0円です。
1億6,000万円は軽減の上限ちょうどなので、まるまる非課税になります。
しかし二次相続では、1億6,000万円を子2人だけで相続します。
基礎控除は4,200万円。計算すると、相続税は約2,140万円です。
合計=約2,140万円
【パターンB】一次相続で法定相続分どおりに分けた場合
妻が8,000万円、子が4,000万円ずつを相続します。
基礎控除は4,800万円で、一次相続の相続税の総額は約1,720万円。妻の分は軽減で0円になり、実際に納めるのは子2人の約860万円です。
二次相続では、妻の8,000万円を子2人で相続します。相続税は約470万円。
合計=約860万円+約470万円=約1,330万円
その差は、約810万円です。
一次相続の「0円」だけを見るとパターンAが得に見えますが、ふたつの相続を合計するとパターンBのほうが810万円少なくなります。
※この試算は、妻自身の財産がない・財産の評価額が変わらない・小規模宅地等の特例などほかの特例は使わない、という前提の簡略化した一例です。
実際の税額は財産の構成や特例の適用で大きく変わります。
一次相続の0円は「無税」ではなく、「後払い」になり得る——これが、配偶者の税額軽減の落とし穴です。
夫婦の相続税対策は「二つの相続の合計」で考える
二次相続の負担まで含めて税金を抑えるには、どうすればいいのでしょうか。
考え方はシンプルで、一次相続と二次相続をセットで試算することです。
- 一次相続の分け方を何パターンか用意し、それぞれ二次相続まで含めた合計額を比べる
- 配偶者の税額軽減は「使えるだけ使う」ではなく、合計が小さくなる範囲で使う
- ただし、残された配偶者の生活資金を削ってまで節税に走らない
最適な分け方は、財産の構成(不動産の割合・自宅に誰が住むかなど)で大きく変わります。
金額が大きいご家庭は、申告期限を待たず早めに税理士に試算を依頼することをおすすめします。
なお、生命保険の非課税枠を使った相続税対策については、別の記事で詳しく解説しています。
配偶者の税額軽減を使う条件|税額が0円でも申告は必要です

配偶者の税額軽減を使うには、3つの条件があります。
①申告期限までに遺産分割が終わっていること
この軽減の対象になるのは、配偶者が実際に受け取った財産です。
そのため、相続税の申告期限(被相続人が死亡したことを知った日の翌日から10か月以内)までに分割されていない財産は、軽減の対象になりません。
ただし救済があります。
申告書に「申告期限後3年以内の分割見込書」を添付して提出しておけば、申告期限から3年以内に分割できたときに軽減の適用を受けられます。
なお、相続人に認知症の方がいて遺産分割協議を進められない場合の対処は、別の記事で詳しく解説しています。
②申告書を提出すること
この軽減は、相続税の申告書を提出して初めて適用されます。
申告書に軽減の明細を記載し、戸籍謄本等のほか、遺言書の写しまたは遺産分割協議書の写し(相続人全員の印鑑証明書付き)を添付します。
つまり、軽減を使った結果、納める税金が0円になる場合でも、申告そのものは必要です。
「税金がかからないなら何もしなくていい」ではない点にご注意ください。
③隠した財産は対象外
当然のことですが、隠蔽または仮装されていた財産は、この軽減の対象に含まれません。
介護の現場から伝えたいこと

ここまで税金の損得の話をしてきましたが、最後にひとつ、介護の現場に15年いた人間として付け加えたいことがあります。
二次相続の対策を突き詰めると、「お母様の取り分をなるべく減らす」という結論になりがちです。
数字のうえでは、それが正しいこともあります。
ただ、残された配偶者のこれからには、想像以上にお金がかかります。
介護サービスの費用、施設への入居、医療費——
手元にまとまったお金があるかどうかで、選べる選択肢の幅が変わる場面を、私は現場で何度も見てきました。
節税額と、残された方の生活の安心。
両方をテーブルに載せて決めるべきものであって、税金の計算だけで答えを出すものではないと私は思っています。
そしてその話し合いができるのは、ご夫婦がふたりとも元気なうちです。
相続が起きてから10か月の申告期限のなかで考えるのと、元気なうちに時間をかけて考えるのとでは、出せる答えの質がまったく違います。
まとめ|相続税の配偶者控除は「使い方」がすべて
最後に、この記事の要点をリスクと備えに分けて整理します。
【知らないと起こること】
- 配偶者は1億6,000万円か法定相続分の多いほうまで相続税がかからないが、軽減で0円でも申告は必要
- 申告期限までに未分割の財産は対象外(分割見込書で3年以内なら救済あり)
- 「使えるだけ使う」と財産が配偶者に集中し、二次相続で税金が増える
- 同じ遺産でも一次相続と二次相続の分け方で合計で差が出る
【元気なうちにできる対策】
- 一次相続と二次相続をセットで試算する(金額が大きければ税理士へ)
- 配偶者の生活資金を最優先にしたうえで、分け方を決める
- 財産の一覧を作り、家族で分け方を話し合う場を持つ
- 口座や保険、ネット上の資産もひとつにまとめておく
財産の全体像がわからなければ、試算も話し合いも始まりません。
もし、ご自身やご家族で資産管理が難しい場合は、デジタル終活サービスを検討してみてください。
口座や保険、ネット上の資産を一覧にして、家族に引き継げる形で残すことができます。
配偶者の税額軽減は、使い方しだいで家族を守る制度にも、二次相続の重荷にもなります。
ふたつの相続をセットで考える——それだけで、結果は大きく変わります。
この記事の監修者

yusuke/介護福祉士・FP3級
介護福祉士として15年以上、介護現場でご利用者やご家族と接してきました。現在は個人事業主として介護タクシーを運営。介護の現場で見てきた「本当に困ること」をもとに、終活・介護・お金の話を、わかりやすくお伝えしています。
出典
- 国税庁「No.4158 配偶者の税額の軽減」 https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/taxanswer/sozoku/4158.htm
- 国税庁「No.4155 相続税の税率」 https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/taxanswer/sozoku/4155.htm
- 国税庁「No.4152 相続税の計算」 https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/taxanswer/sozoku/4152.htm
- 国税庁「No.4205 相続税の申告と納税」 https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/taxanswer/sozoku/4205.htm
- 国税庁「B1-5 相続税の申告書の提出期限から3年以内に分割する旨の届出手続」 https://www.nta.go.jp/taxes/tetsuzuki/shinsei/annai/sozoku-zoyo/annai/2327.htm
- 相続税法(e-Gov法令検索)第19条の2 https://laws.e-gov.go.jp/law/325AC0000000073


