
はじめに
前回のコラムでは、財産管理や財産運用に注目し家族信託契約に関する概要やメリットなどをお伝えいたしました。一方で、いくつかデメリットがあり、制度を正しく理解しないと期待する効果が得られないということが起こりえます。
今回は、任意後見や法定後見を中心とした成年後見制度に着目し、家族信託との比較を通じてそれぞれの制度への理解を深めていただければと存じます。
成年後見制度とは
厚生労働省のHPによると、「知的障害・精神障害・認知症などによってひとりで決めることが心配な人の思いを地域みんなで分かち合い、いろいろな契約や手続をする際にお手伝いする制度」とあります。物事を決めるのに、適切な判断能力がないと不要な高額商品を購入したり、詐欺に遭ってしまうということが起こりえます。そうならないために、判断能力に段階を設定して適切に補助する方をつけていく制度のことです。

後見制度には2つの柱がありますが、一般的なのは法定後見制度です。これは、民法838条2項に規定があり、「後見開始の審判があったとき」に後見が開始すると定められています。後見開始の審判とは、精神上の障害により事理を弁識する能力を欠く常況にある者に対して行われる家庭裁判所の審判のことです。認知症が進行し、財産管理を始めとした様々なことに対する正常な判断が、自分一人ではできなくなった場合に、親権者などから申し立てを行い、家庭裁判所から選任された後見人が、本人の意志を尊重しながら様々なことを決めていきます。
もう1つは、任意後見制度といいます。生前に十分な判断能力があるうちから、自身の代理として行ってもらう法律行為の範囲を予め設定し、契約を交わします。自身の判断能力が不十分になったときには、設定した契約内容を後見人が適切に実施できるように後見監督人を選定し、運用状況を確認します。契約書は必ず公正証書で作らなければならない点に注意が必要です。
なお、令和5年度の成年後見制度の利用者は約18万人に対して、任意後見契約の締結件数は1.6万件で10分の1以下であることが分かります。任意後見制度については、認知度があまり高くないようです。また、同じく令和5年度末までに遺言信託契約を交わしている件数は累計で約25万件となっております。

各種制度の比較
では、後見制度と信託制度をいくつかのポイントに整理しながら比較していきましょう。これまでの繰り返しとなりますが、まずは目的が異なります。信託は財産管理・財産運用に重きを置いているのに対し、後見制度の目的は本人の意志を最大限尊重することであり、そのために身上監護が必要でそれに関する費用を本人の財産から支出することとなります。ですから、ご高齢の両親の保護を行いたいと思っても、どういう目的があるのか、何を守るのかを今一度整理してみることが必要です。では、そのほかいくつかの共通点・相違点について挙げてみます。
- 選任方法に関する違い
- 法定後見:家庭裁判所に後見開始の審判の申立てを行います。その際は、後見人候補者として名簿を提出します。ただし、後見人は家庭裁判所が本人にとって最善である人を選ぶこととされており、申請者の希望がそのまま通るとは限りません。候補者として、家族の名前を名簿に記載し提出することは可能です。
- 任意後見:親族の中で信頼がおける方を予め決めておき、その方と任意後見契約を結ぶことが出来ます。自分に何かがあったときに頼りになる方を選んでおくとよいでしょう。よく話し合ったうえで決定したら、公正証書にて任意後見契約を締結します。これで任意後見契約は開始となります。しばらくはご本人の判断能力が十分のため発効することはないですが、判断能力が低下してきた際には、任意後見監督人を選任し任務にあたってもらいます。選任については家庭裁判所の専権事項となります。
- 信託契約:契約で合意できれば完了します。当事者間の意志で行われるものなので、裁判所の関与はない点が特徴です。
- 権利・権限に関する違い
- 法定後見:認知症などで本人の意志能力や判断能力はありませんから、法律行為をするにあたり、成年後見人に取消権が与えられています。ただし、日用品の購入及び日常生活に関する事項についてはその限りではありません(民法9条)また、成年被後見人自身も、法律行為を取消すことが出来るとされています。よって、不要な高額商品を購入したり、覚えのない金銭の支払いなどは後ですべて取り消し可能です。また、民法858条にて、「成年後見人は成年被後見人の生活、療養監護及び財産の管理に関して事務を行うに当たっては成年被後見人の意志を尊重し、かつ、その心身状態及び生活の状況に配慮しなければならない。」と定められており、成年被後見人のために業務を行うことが明確に定められています。一度後見が始まると、辞任しない限りは本人が亡くなるまで継続します。
- 任意後見:生前の契約によって、後見人となる方にどこまでの代理権を付与するかを決めることが出来ます。預貯金や不動産の管理および処分はどうするのか、自身の相続に関する事項はどうするのかを含めて決めた方が安心安全ですので、任意後見契約と一緒に、公正証書遺言も作成するとご自身の意志がより強く具体化できるでしょう。また、自身の死後に関する様々な事務管理についても、死後事務委任契約を締結しておくことで安心できます。任意後見・公正証書遺言・死後事務委任は3点セットにして締結しておくとご自身の望む形を実現することができるでしょう。なお、代理権の範囲は制限されているため、被後見人自身が締結した契約を取り消すことはできないケースが多いです。また、先述の通り業務を行うに際して、必ず任意後見監督人が必要となりますので、必要に応じて速やかに後見監督人の選任を家庭裁判所に申し立てる必要があります。こちらも本人が亡くなるまで契約が継続します。
- 信託契約:対象財産も終了事項も契約内で決めることができます。必要事項が後で追加になった場合は、新たに契約を行っていく必要はありますが、柔軟な対応は可能です。

まとめ
法定後見制度では、判断能力の程度に応じて、「補助」「保佐」「後見」の3つの種類(類型)が用意されています。最も多いのは後見なのですが、少し自分で物事を決めるのが不安だというケースからご利用いただくことは可能です。なかなかご自身では認めづらかったり、状況を冷静に判断できなかったりします。かかりつけ医に相談したり、各自治体に存在する地域包括支援センターというところに相談してみるとよいでしょう。

また、後見制度は一度就任すると亡くなるまで継続しなければならない上にその間に報酬が発生しつづける点から、なかなか利用が進んでいない現状もあります。2026年度にむけて、法制審議会にて議論され、例えば期間限定や権利を限定した後見制度が導入されることが検討されています。より使いやすくなり、これから訪れる高齢社会への活用が期待されています。