
■デジタル遺品とは
デジタル遺品とは、故人が使用していたパソコンやスマートフォンなどのデジタル機器に保存されたデータやネット上に存在するデータ(画像や動画など)、及び個人が契約していたデジタルコンテンツのサービスを利用する権利(SNS、ネットバンクやネット証券、サブスク契約による音楽や動画データ視聴など)などの、デジタル技術を使った、財産価値がある相続財産の総称のことです。これら、故人が残したデジタル上の財産は原則として、相続の対象になりえます。ただし、以下の問題点があるため、生前に対策が必要になってきます。
■デジタル遺品ならではの問題点とは?

▽法律が追い付いていない現状
相続法(民法の相続に関する規定の総称)によれば、相続とは故人のあらゆる債権・債務(一身専属のものを除く)を承継する、包括承継とされています。契約上の債権、債務を包括的に承継するならば、ネット上に存在するデータを閲覧、ダウンロードする権利なども承継するはずです。だとすれば、デジタル遺品とよばれる、デジタルデータそのものや、デジタルコンテンツを利用する権利も、故人から相続人が承継するのが原則と言えます。よって、原則としては、デジタル遺品は相続の対象になると考えられます。
ただし、これはドイツを始めとした、海外の判例による見解です。法律による解決はまだ、されていません。特に我が国では、もっぱら議論が必要というレベルで、法整備が整っていないのはもちろん、決定的な判例も出ていない状況です。というのも、この問題は憲法上の通信の秘密という権利と、伝統的な相続権の問題との折り合いをどう、つけるかという、極めて難しい問題が根底にあるからです。ドイツの例で言えば、判例でSNSのアクセス権を相続人に認めるかどうかは、従来のアナログの遺品と同様に相続上の包括的権利承継を原則とするとしています。通信の秘密よりも、相続権を優先したのです。もっとも、これも一つの判例に過ぎず、これから法整備が本格的に進んでいくものと考えられます。
一方、日本の状況はと言うと、死者の個人情報の取り扱いの問題として、個人情報保護法では、あくまで、生存者の個人情報のみが対象であり、家族などの情報であれば、死者の情報であるのと同時に遺族の情報でもあるので、その部分だけ、例外的に保護の対象としています。つまり、現状では故人の情報を相続人が継承するという前提には立っていないのです。
これは、どこまでの範囲を同法の保護の対象とする、個人情報とするか、承継を認めて、相続人を法的に故人と同一として扱うのかといった、個人情報の法的な扱いの問題になります。
個人情報保護法は個人情報を管理する公的機関や民間団体を取り締まる法律であり、同法で規定される、個人情報の扱いにより、デジタルコンテンツサービスを提供する会社が相続人に権利を承継させる義務があるかどうかが、分かれることを意味しています。ところが、現状では、個人情報保護法を始めとした、法律の整備が追い付いていないため、明確な基準が定まっていません。
そのため、相続人が、デジタル遺品を承継出来るかどうかは、各企業との個別の契約で決まっているというのが現状です。
▽インターネットならではの問題
法律上の問題は単にデジタルだからというだけにとどまりません。今、多くのデータ管理、サービスの提供は、ネット上のサーバーと呼ばれる処理能力の高いコンピュータで提供されている場合が多くなっています。ところが、そのサーバーが存在する場所が日本国内とは限らないのです。もちろん、サーバー自体が海外にあっても、運営会社が国内である場合、日本の法律が適用される場合がありますが、本社が海外にあり、運営実態も海外で、ただサービス窓口が日本にあるだけならどうなるのかなど、厳密な基準は法律上、整備されていません。また、海外に拠点がある場合、仮に日本の法律が整備されたとしても、サーバーや運営実態のある国の法律と、どちらを優先して適用すべきなのかという問題が出てきます。これらは、国境のないインターネットならではの問題と言えます。
▽技術的な壁とプライバシー問題
デジタル遺品は多くの場合、PCかスマートフォンを利用して、サービスの提供を受けます。
しかし、生前にパスワードを相続人に知らせる手段を残しておかない限り、法律上(契約上)、仮に相続の対象となったとしても、今度は技術的な理由で、相続人がPCやスマートフォンを使用できない問題が起きてきます。実際は、PCの方は、詳しい人ならそれほど困難なことではありませんし、業者に頼むことで多くは解決可能です。問題はスマートフォンの方になります。
スマートフォンは移動して使用することを前提に設計されているため、盗難や逸失が起こる確率が、自宅や職場で固定して使うPCよりも、遥かに高いと言えます。そのため、もし、他人に拾われたり、盗まれたりしたときの為に、予め、本人確認を厳重にしてあります。ところが、相続が発生して、本人確認のためのパスワードがわからない場合、たとえ、ベンダーに事情を話して、パスワード解除の依頼をしても、原則として、対処はしてくれません。これは、通信の秘密という憲法上の権利の問題があり、諸外国も含めて、法的な解決が完了していない事が背景になっていると思われます。ところが、現在ではスマートフォンは個人利用の場合、重要なメイン端末となりつつあります。何より、今後、増加する事が予測される、マイナンバー機能内蔵のスマートフォンであれば、あらゆる個人情報の閲覧や行政サービスが受けられる時代になりつつあるので、これらの問題がさらに拡大されていくことが懸念されます。
■転ばぬ先の杖としてのデジタル終活

▽生前に終活として本人がすべきこと
プライバシー上、PCやスマートフォンのデータで見られたくないものもあると思います。その場合の対処法として有効なのは、見られたくない場所だけに、パスワードロックをかける方法があります。ログイン時に必要なパスワードは公正証書の秘密証書遺言という方法で、遺言書に記載しておけば、生前は自分以外の誰にも遺言書の中身が見られることはありませんから、情報漏洩の心配もありません。また、仕事とプライベートは普段から分けて管理しておくことが肝心です。特にパスワードは必ず、分けておくことです。最近はデータをクラウドで管理することが多いため、プライベートと同じパスワードにしている場合、あっという間に情報漏洩が起こる可能性があります。

▽相続人がすべきこと
デジタル遺品は原則として、相続の対象になると考えられますから、遺産分割協議の対象になりえます。遺産分割協議とは、相続発生後に、相続人全員が集まって遺産をどのように分配するか決める会議のことです。単なる家族会議と違って、後の紛争防止のために、法的な効力が発生するため、正式な遺産分割協議書を作成しなければなりません。デジタル遺品に関しても、相続の対象となる場合は、今後、相続人のうち、誰が管理するのか、誰の権限となるのか、遺産分割協議の結果を遺産分割協議書に明確に記録する必要があります。
■最後に
スマートフォン普及で、PCを使わない人にまで、デジタルによる恩恵を得られるようになった一方で、デジタル遺品問題という、新たな社会問題を引き越しています。そのため、現状での法律上の問題を理解した上、事前対策として、デジタル遺品を含めた終活の検討が必要になっています。本記事を参考に、転ばぬ先に杖として、ご活用ください。